ファルと別れてもう一ヵ月半が過ぎた。
今までと同じはずなのに心に大きな穴の開いたような感覚。
たった、二日三日の付き合いでここまで大きな穴を残すことになるなんて、な……。
仕事にも身が入らん。
今回の仕事は遺跡調査だが、ものの見事にトラップにはまりかけて冷や汗をかいたり。
調査報告書にも誤字があったりと散々だ。いつもはしない見直しをしてよかった。
それでも間違いがあるかもだけど。

そして二ヶ月ぶりに帰ってきた我が家。
と言っても、ほとんど小屋。まぁ、一人暮らしだし、ほとんど家に戻ることもないからこれで十分なんだけどな。
ポストを見ると、何通か手紙が届いていた。
ここに届く手紙は緊急を要しない手紙ばかりだ。
大体、帰ってくることが少ないのだから。

ほとんどは案の定ダイレクトメール。
封書の表に書かれた「あなたも奴隷を飼ってみませんか?」という文面にどきっとする。
「買う」と「飼う」をかけているんだと思うけど、笑えない。
奴隷は……ファルはそんなんじゃない!
ましてやモノなんかでもありえない!
………………………。
そこまで考えてわれに返った。
なにダイレクトメールの文面に熱くなっているんだ?

とりあえず、ダイレクトメールではないものは2つ。
1つはおそらく仕事の依頼らしい歴史調査機関からの手紙。
もう1つは「ヤツ」からの手紙。
一体なんだと言うんだ?
「ヤツ」から手紙とは珍しい。いつもならもっと別の方法ですぐに連絡をするのに。
それに、ここに手紙を出しても一ヶ月二ヶ月はざらに開けることも知っているはずなのに。

手紙の内容は、要約するとこういうことだった。
辺境の村の近くに、新しい遺跡が発見されたので調査に行ってほしい、との事だ。
しかし、いつも言っているのだが、ここに手紙をもらってもすぐには見れないと伝えてあるのに。
機関と言うやつは何度言っても家に送ってくる。急ぐ作業じゃないようだから、いいんだけれど。
「ヤツ」のほうは……なんだか見るのが怖い。
しかし、見ないほうがよっぽど怖い気もする。
俺は手紙の封を破り、中身を確認した。
−ファルについて話がある。手紙を見たのならすぐに来てくれ−
ただ、それだけだった。
光にすかしても、逆さにしても、その一文以外は見えない。
何が言いたいのかさっぱりわからない。
調査機関の依頼の遺跡は「ヤツ」の家を挟んで反対方向。ちょうどいいと言えなくもない。
しかし帰ってきたばかりというのにまたすぐに家を開けなければいけないとはな。
ま、いつものことだけど。
ただ、家を出てしばらくして思いついたことだが……。
なにも、すぐに家を出る必要はなかったんじゃ……。
「ヤツ」の手紙にすぐに来てくれとあったから休まずに出てきてしまった。
俺は一体どうしてしまったのだろう。冷静じゃない。
まぁ、いい。しかし「すぐに来てほしい」とは、一体どういうことなのだろう?
直接俺に手紙を出すわけじゃあなくて、家に出していることから、そこまで急を要することじゃあないというのはわかる。
じゃあ、一体何を……?
いけばわかる、か。
罠なら罠でいい。嵌ってやる、さ。

宿の一室。
ファルと泊まった宿。
いつもの馴染みの宿。
今日はここに泊まって、昼前の馬車で出るとしよう。
通された部屋は前にファルと泊まった同じ部屋。
因縁なのか、偶然なのか。
ただ、あまりにも強烈で記憶に染み込んでいるだけだから、そう思えるのかもしれない。
……。
…………。
………………。
だ、だめだ。変なことを思い出してしまった。
もう寝よう……。

……………………………。
寝付けなかった……。
もう、色々とだめだ。
俺はまだ少し早いけど、チェックアウトを済ませ、街でぶらつくことにした。
足の向くまま、気の向くままに……。
たどり着いた場所は何もない裏路地。
ファルと出会った場所。
朝と言うこともあり、奴隷の売り買い、と言うより、商人も奴隷もいない。
なぜ俺はこの場所に来てしまったのだろう?
俺はこういう場所は好きではないはずなのに。
戻ろう。ここには用はないはずだ。
もうすぐ馬車の時間だ。
馬車の中では寝ることにしよう。
って、馬車の中では寝てばかりだな。

かたんっ。
馬車が目的地に到着したようだ。
今から押しかけると、夜更けになるが、まぁそんなのは関係ない。どうせ「ヤツ」だし。
とは言え、少しでも早く着くように休憩を取らずに「ヤツ」の家まで歩きはじめる。
なにか、予感がする。
いい事が起こるような、悪いことが起こるような。
むしろ、悪いことが起こる予感のほうが大きいのだが。いつものパターンからすると。

ファルと通ったとき、お昼を食べた木のある場所にさしかかる。
そうそう、あの時……。
いきなりキスをされて、舌を挿れられて……。
……。
…………。
………………。
何を考えているんだー!!
俺は木にもたれかかって自己嫌悪していた。
完全にファルを欲望の対象としていた自分に。
よく抑えられたものだ。

「奴」の家の前……ここでファルは……。
……。
…………。
………………。
もう思い出すのはよそう、頭が変になる。
って、このままぼーっとノブに手をかけたら危ないじゃないか!
どうせ後ろにいるんだろうが……。
「風の精霊よ、生命の息吹を教えてくれ……」
俺は小声で呪文を詠唱する。
獣の反応は家の中に一つ、俺の後ろの茂みに一つ……って、客でも来ているのか?
「大地の精霊よ、植物の力を持って俺の敵を捕縛しろ……グラス・バインド!!」
「うわあああぁ〜っ!!」
……あれ?「奴」の声じゃない。
「す、すまん……っていうか、誰!?」
見たところ、少年だろうか。
羽織っていたマントが捲れて顔を隠している。捲れた部分からはおちんちんが顔を……って、裸!?
「何やっているんだ、お前は……」
突然後ろから声がする。
扉が開き、「奴」が出てくる。
「いや、てっきりお前かと……って、早く降ろさないと!」
俺は呪文を詠唱して、少年を降ろしてやる。
「大丈夫、か?」
少年に問いかけてみる。すると、弾丸のような勢いで俺に飛び掛ってきた。
「お帰りなさい!!ご主人様!!」
って、ファル!?
一体どういうことだ!?
ファルはくすくすと笑っている。俺は意味がわからなくて混乱してしまった。
「こういうことですよ、ご主人様」
ファルはそういって左腕を突き出して俺に見せる。
って、隷属呪印が消えていない!?
「ちょ、てめえ!ちゃんと消せと言っただろ!仕事もできないのかお前は!!」
「奴」の口元がにやり、とゆがむ。
「くくっ、お前がわからないようなら、完璧だな……後はそいつに聞くんだな」
そう言って「奴」は家に入っていく。
「ち、ちょっと待て!どういう意味だ!!」
俺は「奴」を追ってドアノブに手をかけようとした。
「あ、危ないですよ、ご主人様」
ファルが俺の腕をつかんで止める。
あ、危なかった……。あやうく罠にかかるところだった。
「ファ、ファル!一体どういうことなんだ!?」
ファルがくすくすと笑う。
俺は混乱する。ぜんぜん頭が回らない。
「ここじゃなくて、もっと広いところで話しましょう」
ファルは俺の手をとって歩いていく。
「ご主人様と一緒に歩くのも久しぶりですねぇ」
ファルはさも嬉しそうに俺の手を引いていく。
「いい月ですね、ご主人様」
……確かにいい月だ。そういえば、月を見上げる余裕なんかなかったな……。あまりのショックで。
「なぁ、ここらでいいだろ?教えてくれよ。一体どういうことなんだ?」
ファルはくすりと笑って左腕を突き出す。
「これ、よく見てください。ご主人様ならじっくり見ればわかるはずだ、ってクルーさんが」
「奴」が?どういう事なんだ?
ますますわからん。
俺は言われたとおりにファルの左腕の呪印を見る。いくら月が出ていて明るいといっても、夜だ。見にくい事に変りはない。
……?あれ?微妙におかしいような?
どういう事だ?
俺はまた混乱した。
「くすくす、この呪印は本物じゃないんですよ。だから、もうぼくは奴隷じゃありません」
いや、それはさっきわかった。
わかったから余計に混乱しているんだ。
なぜ偽物の呪印を入れているのか?
なぜ俺をご主人様と呼ぶのか?
なぜまだここにいるのか?
「な、なぁ、何でまだここにいるんだ?お前はもう自由なんだから好きにすればいいんだぞ」
ファルがまっすぐと俺を見て口を開く。
「だから、好きにしているんです。それともご主人様?ぼくを捨てないといったのに捨てるんですか?」
う、ぐ……。それを言われるとつらい。
しかし、形だけとは言っても奴隷のままなんて……。
「しかしなぁ、奴隷というだけで色眼鏡で見られるし、虐待や差別もされるぞ」
それに、俺の仕事は結構ハードだ。ほとんど帰らない家で留守番をさせる、なんて言っても怒るだけだろう。
「それは覚悟の上です。それに今までも奴隷だったのですから変わりはありません」
ファルがまっすぐと俺を見据えて答える。
俺はこういう目に弱いんだよな。
「……わかった。だけど、少し試させてもらう」
「何をですか?」
頭に疑問符を浮かべているファル。
わかりやすいように試験で不合格にすれば、あきらめもつくだろう。
「ルールは簡単だ。俺に一撃をいれるだけで良い」
山賊、盗掘者、野生のヨツアシ……場合によってはそんな奴らを相手にしなければならない。
足手まといだとわかれば、諦めるだろう。
「あの……武器と言うか……道具は使ってもいいのでしょうか?」
「かまわないよ」
その辺に落ちている棒切れか小石くらいのものだろう。
そんなもの、風の盾で受けきれる。
「では、行きます……」
ファルがマントの中で何かごそごそとやっている。
一体何を……。
まぁ、いい。
俺は風の盾の予備動作を始める。
と、二つの小石が俺めがけて飛んでくる。
やはりそうきたか!!
「風の精霊よ!その力を持って我を守る盾となれ!!」
しかし、石の狙いは俺をわずかに外れていた。
盾を出すまでも……って、この石は!!
「……Hagalaz・Thurisaz!!」
がらがっしゃーん!!
雷が俺の頭上から降り注ぐ。
風の盾じゃ防げーん!!
「げほ……ルーン・ストーンだと……いつの間にそんな技を……」
ルーン魔術。
ルーンを配置し、強力な魔法を発動する一種の紋章術。
ルーン・ストーンはルーンを書く手間を省き、即効でルーン魔術が出せるようにした道具。
しかし、ルーン配列術よりは威力は劣る。
また、ルーン文字の数が多くなればなるほど威力の高い魔法が出せるが、精霊魔法より手間がかかる。
玄人好みの魔法。
「クルーさんに教えてもらったんです。きっと役に立つからって」
……やはり「奴」か。
しかし、この短期間でルーン・ストーン魔法をここまで操れるとは……。
天才じゃないだろうか?
「約束ですよ、連れて行ってくださいね」
うぐ、完全に失敗した……。
油断したのもあるが、完全にやられた……。

「クルーさん、ただいま帰りました」
ファルが中に向かって叫び、扉を開けさせる。
「ぶはははは、ハルグ、なんだその状態は!!」
「うっせ!ってか、お前だろ!ルーン魔法なんて教えたのは!!」
すべての毛がちりちりになっている。いわゆるアフロだ。全身が。
「くくくっ、いや、結構物覚えがよくてね。でも、ま、わかっただろ?こいつがお前について行きたいっていうのは」
「しかしなぁ……」
「お嫌ですか?」
ファルを見ると、目に涙をためて今にも泣きそうな顔をしている。
うー、俺はこういうのには弱いんだよ。
「わかった、わかった。服だけは変えてくれ。マジで」
「え〜?思い出の服だし、このままが良いのに……」
文句を言いながら、部屋の奥に入っていく。
あんなぼろぼろのマントだけの格好でつれて歩くなんてできない。
「これでいいですか?ご主人様」
俺は軽い頭痛とめまいに襲われた。
ピンク色のワンピース。
純白のレースのエプロン。
ふわりと広がったスカートにレースのカチューシャ。
メイド服かよ!!
「おい、こら、それは女の仔の服だろぉが。……ていうか、何故ある……」
「えー、ご主人様が別の服が良いっていうから……」
ファルがほっぺたを膨らませて反論する。
いや、間違ってはいないが……。大きく間違っていると思うぞ。
「別のにしろ……」
「嫌です」
速攻で否定するなぁあ!!
「この服と、今までのマント、どちらがいいですか?」
どっちもどっちだぁあ!!
しかし……、どっちかと言えば……。
「ま、前のほうで頼む……ただし、最低でも下着はつけてくれ……」
ファルがにこりと笑う。
「裸マントにパンツだけなんて、ご主人様も相当マニアックですね」
って、なにがじゃあああああ!!
シャツは、シャツは着ないのかああああ!!
ああああああ、頭が痛い……。
ある意味、「奴」より手ごわい……。
「じゃあ、着替えてきますね」
ファルがくるりと回転して俺に背を向ける。
と、その時、お尻から出ている尻尾、それが二本見えたような気がした。
「って、ちょっと待て!いったい何をつけているんだ!!」
俺はファルの尻尾をつかんで叫ぶ。
「はい?これは「セカンド・テイル」ですよ?知りません?」
いや、知ってはいるけど、大人のおもちゃってやつだろ、それ!
アナルバイブに飾りの尻尾、「イミテイル」をつけたもの。
実際に使うところを見るのは初めてだけど。
「あの、ご主人様?ちなみにそっちは本物の尻尾なんですけど……」
「ご、ごめん!」
俺は慌ててファルの尻尾を離す。
「では、少しお待ちください」
ファルは俺からするりと離れ、奥の部屋に消えていく。
いったい何がどうなって……。
よく考えたら、隠れているときも、俺と話をしているときも、テストをしているときも挿れっぱなしだった、って事だよな。
「奴」の趣味、なのか?ていうか、「奴」はそんなものも持っていたのか?
「お待たせしました、ご主人様。今日からまた、よろしくお願いします」
「あ、ああ……でもやっぱりそのマントだけって言うの、何とかならないか?寒いところや暑いところにも行くし……」
やっぱり、だめな気がするし、思いとどまってもらわないと……。
「いえ、大丈夫です。このマントはただの布切れのように見えますが、魔法の糸を編みこんであって、いつでも快適に過ごせるんですよ」
って、結界布かよ!
んな希少で高価なものを!!
わざわざ嫌がらせのために!!
「お、おま、おまえなぁ!!」
「奴」が俺のほうを見てニヤニヤ笑っている。もういやだ、こんな所。

頭がぼーっとする。
簡単に状況を説明すると寝不足。
昨晩は「奴」の家に泊まったわけだが……。
ファルが一緒に寝ると言い出して、押し負けて一緒に寝たわけだが……。
見事に理性を保つのが精一杯だったわけで。
「ご主人様?どうしたんです?大丈夫ですか?」
いや、お前のせいなんだけどな。
「あ、ああ……大丈夫だ……」
そういってその場を取り繕う。
「まだ朝早いですから、ご主人様は寝ていてください。ぼくは準備してきますね」
何を?と思うほどの頭は今の俺にはなく……。
再び眠りに落ちていった。

「ご主人様、朝食の準備ができました」
あぁ、朝食……。そうか、朝食の準備か……。
俺はまだ少し眠いけれどゆっくりと目を開けた。
「ぶふぉお!!」
そして一気に目が覚めた。
目を開けて、一番に飛び込んできたもの、それは裸に純白のレースのエプロン姿のファル。
昨日のメイド服のエプロン部分だけの状態。
「さ、お顔を洗ってください」
……目を覚まそう。
桶に張られた冷たい水で顔を洗う。
その間にテーブルに朝食が準備される。
「朝食はぼくががんばって作ったんですよ。まだ上手に作れていなかったら、ごめんなさい」
へぇ、そうなのか……。って、その格好で?
俺はテーブルにつく。
パンと鶏肉と野菜のスープか……おいしそうだな。
「それじゃ、ご主人様?あーん……」
木のさじで大きめに切られたジャガイモを俺の口に持ってきて食べさせようとする。
って、おいっ!!
「ちょっと待てい!!」
「あ、そうですね。ちゃんとふーふーしないと……」
そうじゃなーい!!
「自分で食べるからいいよ、それにファルは食べないのか?」
「いえ、ちゃんとご主人様の後でいただきますよ?」
なにか、いろいろ変な知識が入っていないか?
まぁ、「奴」の差し金だろうが。
「一緒に食べればいいよ」
ファルは少し考えると、頷いた。
「はい、わかりました」
そう言ってジャガイモを口に含むと、俺の顔に口を近づけてくる。
って、何を考えているんだー!!
「ちょっと待てー!!何をする気だー!!」
「んー?口移し。一緒に食べるの」
ああああ、頭が痛い……。
「そういう意味じゃないから、普通に一緒に食べればいいから」
何かの……と言うか、絶対に「奴」の悪影響を受けているぞ。
確かに、素質はあったのかもしれないけれど。
「そうですかぁ?残念です……それじゃあ、用意しますね」
ファルは口に含んだジャガイモを飲み込むと、さも残念そうな顔をして部屋から出て行った。
そんなに口移しで食べさせたかったのか。
絶対に断るけど。
「お待たせしました」
ファルがもう一人前の食事の用意を持って部屋に入ってくる。
そして、今もってきたほうを俺の座っている席に置き、少しさめたスープとパンを自分の席に移した。
「あ、ご主人様って何か宗派はあるんですか?ぼくは無いですけど」
「いや、別に無いよ。いただきます」
宗教によっては食事前の礼法とかいろいろ問題があるからな。それを心配しているのだろう。
「いただきます」
俺はスープを一さじすくって口に入れる。
ファルは俺が一口目を食べたのを確認してから食べ始めた。
「ねぇご主人様?ご主人様って嫌いなものってありますか?」
ファルが問いかける。
嫌いなもの、か……。特に無いな……。
「強いてあげるなら……「奴」かな?いろんな意味で」
今回の件も「奴」が原因だし。
「ちがいますよぉ〜、食べるもので、です」
あちゃ、しまった。
そうか、そういうことか。
「特に無い、な。何でも食べるよ」
「じゃあ、好きなものは何ですか?」
ファルはテーブルから身を乗り出して聞いてくる。
「そっちも、特に無いけど……こういう家庭料理は好きだよ」
「そうですか!じゃあがんばってもっとおいしく作れるようになります!」
あどけない少年のうれしそうな笑顔。
しかし、している事は恋する少女のそれに近い。
中性的な声とあいまって、雄なのか雌なのかわからなくなる。
「そういえば、クルーさんからご主人様の大体のお仕事とか聞きましたけど、これからすぐに仕事ですか?」
確かに、すぐといえばすぐ仕事だし、急ぎじゃないらしいから余裕があるといえば余裕がある。
「そうだな……すぐに仕事があるわけじゃないけど、現場は少し奥まった場所にあるから移動はしないと」
「それでは、食事の後片付けが終わったら早速出発しましょう」
なぜ急ぐ?
別にそこまで急ぐ必要は無い、と言ったはずだが。
「できるだけ長くご主人様と二人きりでいたいですし」
それが本音か!

結局、俺達は後片付けを済ませると、挨拶もそこそこに「奴」の家を出た。
ファルに押し負けたのだが。
馬車で行けばいいものを、徒歩で移動しているのもそうだ。どうしてもとせがまれて。
いろんな意味でファルに勝てない。
「いいですね〜、旅って。特にご主人様と一緒だと」
「たぶん、最初のうちだけな」
俺も最初はそうだった。最初は楽しかったものだが、じわじわと苦痛になってきた
確かに、自分が選んだ道だ。楽しいと思ったからこそ選んだ道。
なんだけど、家にも帰れず、旅だけというのもいささか飽きてきた。
新しい発見があるときは楽しいけど。
「ところでご主人様?今ぼくたちはどこに向かっているんですか?」
「あぁ、フィーって街だ。結構大きな街でな色々な物が揃っているぞ。そこで一泊してから遺跡に近い村に向かう」
ファルがきらきらした瞳で見上げてくる。
か、かわいい。
「ぼく、大きな街って言うとご主人様と出会ったあの街しか知らないんです。あの街ではほとんどが檻の中でしたし」
「そうか、そうだな」
思えば、ファルはかわいそうな仔だったんだ。
半ば、自業自得でも。
少しは楽しませてやろう。
「そうだ、少しお小遣いをあげよう。好きなものを買えばいい……って、その格好じゃ持てないよな。やっぱり服を買ったほうがいいぞ」
「あ、それなら大丈夫ですよぉ、ご主人さま」
そう言うと、ファルは両手でマントを広げて見せた……。って、おい!
「あー、ご主人様?どこを見ているんですか?マントですよ、マント」
あ、マントね……。
って、えぇーっ!?
「ほら、内ポケットがついているんです。ちゃんとボタンもかかるようになっていますから、大丈夫ですよ」
……細かい仕込みをしやがって、あんのやろう!!
「って、それはそれとしてお腹の呪印はなんだ!?」
お腹の、ちょうどへそを中心にした呪印が見える。
呪印はすべて消したはずじゃ?そもそも、あの呪印はすべて隷属呪印に連動していたから、一つだけを残すなんてできないんじゃ?
「あ、これですか?この呪印はご主人様の言葉でぼくを発情させることができるんですよ」
ああああああ、意味がわかっているのか!?
「もちろん、ぼくが許可したときだけですけど。ご主人様からもらったお金を使ってクルー様に入れてもらいました」
つくづくあんの野郎!!
ってか、ファルもファルだ!そんなことにお金を使うな!!
「も、わかったから、前を隠せ」
「はーい」
……なんだか妙に嬉しそうだな。
確かに嬉しいが……。って、いやいや、そうじゃないだろ!
なんだか、俺の頭まで壊れてきたみたいだ。
と、その時、何かの気配を感じた。
ファルも気配を感じているようだ。
明らかな敵意。殺気。
俺は油断なく、いつでも戦えるように身構える。
ファルとの話はやめないまま。
がさがさ……。
茂みから飛び出してきたのは、野生のヨツアシだった。痩せてはいるが、大型の肉食獣。
俺たちを捕食せんと狙っているのだろう。低くうなり声を上げている。
「ぼくがやります、ご主人様」
ファルはそう言うと、ルーンストーンを投げつけた。
「……Kano・Thurisaz!!」
ルーン・ストーンから炎がほとばしる。石二つで作る弱い炎。
ファルはわかっているようだ。無意味に野生のヨツアシを傷つけない。
ヨツアシは基本的に炎が苦手だ。弱い炎で脅してやればまず大丈夫。
「きぃーっ!!」
何かを引っかくような、高い声を残し、ヨツアシは茂みに消えていった。
「どうです?」
ファルは得意そうに胸を張る。
うん、確かによかった。
「うん、よかったよ。ヨツアシと言っても火を恐れないやつもいるから、気をつけるように」
「はい!ご主人様!」
こういう時は素直でいい。
いつも……というか、これだけはというのは聞いてほしい……。
頑固だから、絶対聞かないけど。

それからしばらく歩いて街に着く。
「奴」の家からそんなに遠くないとはいえ、素通りして次の街へ、と言うほど時間は無い。
馬車を使えば、もう目的地の隣くらいにはついているのだろうが。
「うわぁー、大きい街ですねー」
ファルが辺りを見回し、見上げている。まさにおのぼりさん状態。
なんだか、ちょっと恥ずかしいぞ。
実はこの街、あまり来たことが無いんだよな。だいたい、馬車で素通りするくらい。
宿もどこがいいのかわからない。
だが、まぁ、これだけ大きな街だ。いい宿の一軒や二軒くらいあるだろう。

「二部屋か、ダブルの部屋をお願いしたいのですが」
「奴隷に貸すようなベッドはないよ。奴隷には馬小屋で十分だろ」
………………。
ここもか!
もうすでに二軒の宿に同じように断られてこれで三軒目。
「ご、ご主人様。ぼくは馬小屋でいいですから。ぼくは部屋なんかいりませんから」
ファルが困った顔で言う。
こうなる事はわかっていた。
奴隷の差別。
しない人もいるが、するやつは多い。
本当によくてペット。悪いと物……いや、ゴミ扱い。
「そういう訳にもいかないだろ?お前はもう……」
奴隷じゃないんだから、と言おうとしたところでファルが背伸びをして俺の口に指を当てた。
言わないでほしい、ということらしい。
「……はぁ、最悪、街外れで野宿でもいいか……幸い、テントはあるから」
「ご、ごめんなさい」
ファルが申し訳なさそうに言う。
「そう思うんだったら、ちゃんと服を着てくれると嬉しいんだけど」
「それはちょっと……ごめんなさい」
なんでじゃー!!
どうしてその裸マントにこだわる!
マントが思い出で大切な品だと言うことはわかる。
だけど、下くらいちゃんと着ていてくれてもいいじゃないかぁ……。
「ご主人様には感謝しています。ぼくを買っていただいて、呪印まで消していただいて。それでも……いえ、だからこそぼくはご主人様の奴隷なんです」
ファルが俺を見上げてにこっと笑う。
「大好きです、ご主人様」
どきん、とする。
雄の仔のはずなのに、雌の仔よりも可愛く見える。
「ば、ばかをいうなよな……」
俺はファルから目をそらす。
「今は……いいんです。いつか必ず振り向かせて見せますから」
本当に雄の仔なんだろうか?
いや、おちんちんはしっかり見ているんだから間違いないんだけれど。

「二部屋お願いしたいのですが」
たぶんどうせここも駄目だろうが。そう思いながらこの街にある最後の宿をあたってみた。
宿屋の親父がじろり、とファルを見る。
「あいにく、二部屋は空いていない。だが、ダブルでいいなら用意できるが?」
「お、お願いします」
無愛想で強面の親父だが、奴隷とかそういう差別はしない人のようだ。
「それでは二人とも宿帳に記帳してくれ」
俺は自分の名前を宿帳に書きながらファルに聞いた。
「名前は俺が書くか?」
「あ、いえ、自分で書きます」
ファルは俺からペンと宿帳を受け取ると、俺よりも上手な字で名前を記入した。
いや、自分は字がうまいほうではないと思っていたけれど……ちょっとショック。
「それではお部屋にご案内します」
親父に案内され、部屋に入った。
部屋は結構広く、掃除も行き届いていた。
そのうえ、予算をほんの少しオーバーした程度の宿泊費で俺の財布にも優しかった。
豪華な外観で高級感溢れるホテルだというのに、だ。
もし、この街の周辺で仕事をすることがあればここのホテルを使うことにしよう。うん。
「広い部屋ですね、ご主人様。ここならいろいろとできそうですね」
いろいろって何が!?
「ところでご主人様、ひとつお願いがあるのですが……きいていただけませんか?」
ん?お願い?
めずらしいな、ファルがお願いだなんて。
「お願いって何だ?言ってみろ」
「あ、あの……」
ファルは少し遠慮がちに、しかし、決意を決めるとはっきりと口に出した。
「ぼくのケツマンコにご主人様のぶっといちんぽをぶちこんでぐちょぐちょにしてくださいっ!!」
俺は全身が脱力し、両足が折れ、膝をつき、両腕で床を支え、頭をたれた。
多分、流れるような自然な動きだったと思う。
それほどに意表をつかれ、がっくりときていた。
「あ、あの?ご主人様!?ぼく、何か間違ったことを言いましたか?」
ああ、間違っている。思いっきり間違っているぞ!!
「ファル……そうじゃなくてな……」
「あ、ケツマンコじゃなくて、イヤらしいケツ穴の方がよかったですか?」
俺の体から完全に力が抜け、キスをするはめになってしまった。床と。
「そ、そういうことを言うもんじゃあないと言っているんだが……」
俺は何とか体を起こした。
「それに、それがどういう事かわかって言っているのか?」
「わかっていますよ。わかっていなければこんな物は付けていません」
ファルがマントを捲り上げ、くるりと回ってお尻を見せる。
そこには二本のしっぽ、「セカンド・テイル」が……。
そうか……、そうだよな。
って、納得しても仕方がない!
「あの、な。もう少しよく考えて行動しような」
俺は力を振り絞り、ゆっくりと起き上がる。
「どうしたらご主人様に喜んでいただけるかよく考えています!」
俺は頭を抱えた。もう少し、別の方向で考えような。
というか、「奴」の悪影響受けすぎ。
でも、「奴」や「呪印」の後遺症ってだけでもなさそうな……。
「別のことで頼むよ、な?」
俺はぽんぽん、と頭をなでてやる。
「むぅ〜……仔獣扱いしないでください」
ファルがふくれっ面で俺を見る。そんな仕草もかわいい……。って、何を考えているんだ!?俺!!
……あまり考えないでおこう。
「そ、それよりも、街を見て回りたいって言っていたよな。お小遣いをあげるから、好きなものを買いなさい。てか、服を買ってきてくれるとうれしいんだけれど」
「嫌です」
即答するなってぇ!!
「この格好が、この格好だけが今のぼくとご主人様との繋がりですから」
そういうものなのだろうか?
俺にはよくわからない。
「ところでご主人様?一緒に街を見て回りませんか?」
ファルのかわいい笑顔。俺はいつもこれに負けるんだよな。
「いいけど、この街のことは俺もよく知らないぞ?」
「いいんです、ご主人様と一緒なら」
……何を言っているんだ?
「まぁ、いいか。どうせ食事もとらなくちゃだし、行こう」
「はい!」
嬉しそうだな。
何がそんなに嬉しいのか俺にはわからないけど。
ファルの尻尾がぱたぱたと揺れている。
……二本とも……。
「せめて、セカンド・テイルを抜いていかないか?」
「だめですよぉ、ご主人様。出かける前にえっちなんて……」
誰もそんなこと言っていなーい!!
なんだか本当に頭が痛くなってきたぞ。

「うわぁ〜、いろんなお店がありますねぇ」
ファルは辺りをきょろきょろと見回して落ち着かない様子。
これだけ大きな街は初めてだ、って言っていたからな。
「奴」の近くの街はここほど大きくはないし。
「なぁ、ファル?」
「なんですか?ご主人さま。服でしたら要りませんよ?」
……思考を先回りされた。
「いや、服じゃなくてもいいけどさ、何か欲しいものはないか?そんなに高価なものじゃなければ買ってあげるよ」
「本当ですか!?」
ファルが瞳をきらきらと輝かせ、俺を見上げる。
う〜、抱きしめたくなる衝動に駆られるけど、天下の往来でもあるしここは我慢。
「何が欲しいんだい?」
ファルは少しの間、下を向いて悩んだ顔をしてから、一気に顔を上げて笑顔で答えた。
「ご主人様の精液が欲しいです!!」
がんっ!
俺は思いっきり頭を民家の壁にぶつけた。石壁だけにものすごく痛い。
なんだか、星が見える。
そうか、もう夜か……って、まだ夕方だよ!星が出るのはもう少し後だよ!!
「ファ〜ル〜……。そういうことを言うのはこの口かぁ〜!?」
俺は両手でファルのほっぺたをつまんで伸ばす。
スライムのように柔らかくてよく伸びる。
「い、いひゃい、いひゃいでふ、ほひゅひんさまぁ〜……」
……何か喜んでいないか?
「そういうことは言うもんじゃあないと言ったはずだが?ついさっき」
「で、でも、欲しいものはないか?と聞かれましたから……」
いろいろ意味が違うわー!!
「……ちゃんと、「物」にしてくれ。頼むから……」
ファルは複雑な表情をする。
ファルなりに俺に喜んでもらおうと考えた結果なのだろうが……。
「それじゃ、おもちゃが欲しいです。それなら、いいですか?」
「あ、ああ。それならいいよ」
おもちゃ、か。
ファルはしっかりしているようでもまだまだ仔獣なんだな。おもちゃが欲しい、なんて。
とか思っていると、おもちゃ屋を素通りして、裏路地に入っていく。
って、おい!
「ファル!どこへ行くつもりなんだ!!」
「どこって……おもちゃ屋さんですけど?」
そこはさっき目もくれずに通り過ぎたじゃないかぁ!!て言うか、裏路地におもちゃ屋は無い!!
「おもちゃ屋さんって、こういう狭い道にあるんですよね?ご主人様」
いったい何を言っているんだ!?
ファルの性格を思い出し、冷静に考えればすぐにわかったはず。
止められたはず。
しかし、思考が停止した俺にはファルが「大人のおもちゃ屋さん」に入っていくのを止めることができなかった。

「いらっしゃいませ」
店主が声をかける。……潰れたヒキガエルのような声で。
「ふわぁ〜、いろいろあるなぁ……前に行った店とは大違いだ」
って、行った事あるのかい!!
……冷静に考えれば、そうか。「セカンド・テイル」を持っていたからな。
あ、でもあれは「奴」が買ったんじゃ……。
もしかして自分で!?
思考がぜんぜんまとまらない。
「ご主人様?」
ファルが別の世界にいきそうになっている俺に声をかけてきた。
早くこの店から出たい。
入る前に止められなかった俺が悪い。
「決まったのか?」
「いえ、これって何に使うものなのですか?」
それは双頭のディルドー。
通常は雌の仔同士で愛し合うときに使われる道具。
ただ、俺はそれを見て雄の仔同士がお互いに背を向けて使用している様子が脳裏に浮かんでしまった。
片一方の雄の仔はファルで。
もう、だめだ俺……早く何とかしないと……。
「それは雌の仔同士で使う道具だ。特に無いのだったら、早く出るぞ」
「えー?もう少し待ってくださいよぉ、ご主人さまぁ」
こんなところに長くいたら、気が狂う。
別の意味で。
「あ、ご主人様、これなんかどうでしょう?」
ファルがそういって差し出したもの。
それは金属でできた輪。シンプルな装飾品。
ピアス。
だだ、耳につけるものではなく、へそにつけたり、乳首につけたりする用途のものだろう。
違いは俺にはわからないが。
「絶対にだめっ!!」
ファルにファッションで体を傷つけるようなまねはしてほしくない。
そんなファルは決して見たくは無い。
「そう、ですか……他のにしますね」
再び店内を物色し始めるファル。
いや、普通にあきらめてほしいんだけれど。
「これならいいですか?」
真っ赤なベルト。
いや、ベルトにしては長さがぜんぜん足りない。
これはベルトというより……首輪だ!
ああああ、頭が痛い……。
「これならいいでしょ?」
「あ、ああ……」
本当はいやだけど、他のよりマシか……。
「じゃあ、このお金で買ってきなさい。おつりはお小遣いとしてとっておきなさい」
「ありがとうございます、ご主人様」
かわいい笑顔と持っている物のギャップが……。
あー、もういろいろとヤバイって。
「お待たせしましたご主人様。……?お顔が赤いですよ?」
っと、いかんいかん。
「それじゃあ、行くか。もう少し見て回ったら飯にしよう」
「はい、ご主人様」
買ったばかりの首輪の入った紙袋を大事そうに抱えるファル。
そんなに嬉しいものなのかなぁ。
「あとでぼくに首輪をつけてくださいね、ご主人様」
ああああああ、そうなるよね、やっぱり。

ファルにとっては見るものすべてが目新しいのだろう。
何か少し珍しいものを見てははしゃいでいる。
「ご主人様、これなんですかぁ?」
「ご主人様、ご主人様、見てください!」
なんだか、こういうのも悪くは無い、な。
「ファル、そろそろ何か食べるか?」
「あ、いえ、ぼくはご主人様が食べたくなった時でいいです。ご主人様が決めてください」
その瞬間、ファルのお腹から盛大にぐうぅ〜っと言う音が鳴った。
「あ、あはは……ごめんなさい、ご主人様」
「いや、いいさ」
俺はファルの頭をぽんぽん、となでる。
「むぅ〜、だから仔獣扱いしないでくださいよぉ〜」
ふくれっつらになったかと思うと、顔に両手を当てて首を振りながら言う。
「でもでも、恋人扱いならいいですよ」
……なんですかぁ〜!?
いちいちファルの言動に振り回される自分に嫌気が差してくる。
「もちろん、今までどおり奴隷扱いもしていてくださいね」
いや、奴隷扱いしたことは一度も無いのだが。

「奴隷は衛生上店内に入れるわけには行きません」
……またか!
衛生上って何だ!
汚くないぞ!!
というか、言うほど上等な店でもないじゃないか!!
相変わらずの奴隷差別。
なんか、この街はそんな店が多いな。
「奴」の近くの街も、ファルが売られていた街もそういうことは無かったのだが……。
たまたまなのか?
「ご、ご主人様!お、怒らないでください」
……怒らないわけ……ないだろ!!
「いいんだ、こういう店では食べる気にならないしな」
「ごめんなさい、ご主人様」
ファルはうつむいて今にも泣き出しそうな表情だ。
「大丈夫だって。ちゃんとした店もあるはずだから」
俺はファルの頭をぽんぽん、となでてやる。
「うん……」
……。
まいったな。ファルの心が折れかかっている。
自分の選んだ道とは言っても、ここまで厳しいとは思っていなかったのだろう。
「ファル、服を着て偽の呪印を消すか?」
ファルの体がびくん、として目を見開く。
「ご主人様も……やっぱりぼくは嫌いですか?」
……何を言って?
「やっぱりぼくを捨てるんですか?」
……そう言うことか。
「嫌になっていなかったら、ついてきてもいい。他獣のいうことなんかは気にするな」
俺はファルの頭をぽんぽん、となでてやる。
とは言っても、少しは気にしてほしい気もするけれど。
「うぅ〜……。はい……」
仕方が無い、どこかでお持ち帰りの料理でも買って帰りますか。

「ご主人様。これ、おいしいですよ。はい、あ〜ん」
……。
さっきまでの落ち込み振りがうそみたいにハイテンション。
切り替えが早いなぁ。
「やっぱりご主人様はぼくのご主人様です。絶対に離れませんからね」
「いや、それはいいんだが……やっぱり服は着ないのか?」
ファルがこぼれるような笑顔で答える。
「はい!他獣のいうことは気にしません!!」
……。
言質を取られたって言うか、なんと言うか……。
「もういいや。これ以上は無駄そうだし」
「はい、無駄ですね」
笑顔で即答するな!!
と言うか、無駄って自分で言うなー!
まったくもう。
木製のフォークで山の幸の炒め物を口に運ぶ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした、ご主人様。お片づけしますね」
ファルがテーブルを片付け始める。
俺も一緒に片付けようとしたんだけれど。
「ご主人様は座っていてください!」
と一喝されてしまった。
と言うか、なぜ怒られる。
「こういう事は、ぼくのお仕事です」
と言うことらしい。
なんだか、待っている時間が暇だ。
……。
…………。
………………。
「お片付け終わりました。ご主人様」
ん?
あ、ああ。少しうとうとしていたかな?
「ご主人様。お風呂に入りませんか?お背中お流ししますね」
ファルの笑顔。
本当にファルは表情が豊かだなぁ。
「い、いや、別に背中は流さなくてもいいけど、一緒に入るか?」
「はい!」
仕事に入るとゆっくりお風呂に入れなくなることもあるからな。
今回の仕事は村の近くだから宿があると思うし大丈夫だと思うけど。

「ご主人様。お背中をお流ししますね」
って、タオルも持ってないでどうやって背中を流す気だ!
疑問に思いながら見ていると、ファルは自分の体で石鹸を泡立て始めた。
……。
…………。
………………。
何か嫌な予感がする。
「えいっ!」
ファルが俺に抱きついてくる、
や、やっぱりぃ〜!!
「えへへへ、気持ちいいですか?ご主人様」
おちんちんが、おちんちんが当たっている!
「やめい!」
「なんでです?気持ちよくないですか?」
いや、気持ちよくなくは無いけど……。
そういう問題じゃない!
「だあぁっ!」
俺はファルを引き剥がす。
「やぁん、お風呂でえっちなんて……でも、ご主人様がしたいなら……」
ああああああ、めまいが……。
湯あたり、じゃないよな。
もう、色々とだめだ。

「お風呂、気持ちよかったですね。ご主人様」
「ああ……」
なんだか、いまだにボーっとする。
アレのせいだと思うけど。
「ご主人様。夜伽させていただきますね」
がんっ!
俺はベッドに頭をぶつけた。
今日はよく色々なものに頭をぶつける日だな。
って、服……と言うかマントだけだけど、脱ぐなぁ!!
「頼むから、そういうことはやめてくれ」
本気で俺がどうにかなってしまう。
「ご主人様にだったら、何をされてもいいんですよ」
ファルがほっぺたを赤くして少しうつむきながら、体をくねらせて言う。
……。
何を言っているんだ?
本気で理性をかなぐり捨てて襲ってしまいたい衝動に駆られる。
ここまで我慢して、ここで切れるわけにはいかない。
何とか耐える。耐えてみせる。
「わかったから、ね。次の街は遠いから、馬車で行くからね。一応昼前だけど、早く寝よう、な?」
「う〜……。わかりました……」
ファルがほっぺたを膨らます。
もしかして、自分が何を言っているのか自覚が無いのか?
「……でも、いつかでいいから振り向いてくださいね、ご主人様」
え?何?
あまりに小さい声だったからよく聞こえなかった。
「おやすみなさい、ご主人様」
ちゅっ。
俺の唇に何か柔らかいものが触れた。
それが何であるか理解するのに、数瞬の時を要した……。
そして、再び寝不足に陥ったのは言うまでも無い。

……。
…………。
………………。
朝……か?
なんだか、下半身が解けてしまいそうな気持ちよさが……。
まだ眠いけど、思い切って目を開けてみる。
「ぶふぉおっ!!」
そして一気に目が覚めた。
ファルが俺のズボンを下ろして、俺のちんぽをその小さな口で一生懸命くわえている姿が……。
「あ、おふぁひょうごはいまふ、ごひゅひんはま」
……何を言っているのかわからない。
というか、何をされているのかわからない。
「おいっ、ちょ、やめっ!」
俺はファルの頭をつかんで無理やり引き剥がす。
「どうしたんですか?ご主人様。もしかして気持ちよくありませんでしたか?」
「いや、気持ちよかっ……いやいや、そうじゃなくて何をしていたんだ?」
ファルがきょとんとして答える。
「ご主人さまを起こしていただけですけど?」
……「だけ」違う!
「普通に起こせばいい!あれはいったい何だ!?」
「?フェラチオですけど?ご主人様、知りません?」
いや、知っているさ、知っているけどなぁ……。
「だから、そんなことはしなくてもいいって」
ファルが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。次はもっとうまくやりますね。ご主人様の大きすぎてうまくできませんでしたから」
方向がちっがーう!!
「なあ、ファル。俺は着替えるから少し部屋から出て行ってくれないか?」
「お着替えですか?お手伝いします!」
ファルが嬉しそうに荷物をあさっている。
いや、ファルにいてもらうと困るんだけれどっ!
「いいからしばらく外にいるっ!」
俺は大慌てでファルの首根っこをつかむと、部屋の外に放り出して内側から鍵をかけた。
……。
…………。
………………。
色々と我慢の限界なんだよ、もう……。
俺は下半身裸のままベッドに座ると、右手でちんぽをしごき始めた。
「ファル……っくぅ!」
俺は白濁の液をそのまま右手で受け止める。
「はぁ……」
多少すっきりしたものの、自己嫌悪で気持ちが重くなる。
結局なんだかんだいいながら、想像の上とはいえファルを汚しているのだから。
俺は手を拭いてさっさと着替えると、鍵を開けてファルを中に入れてやった。
「……ご主人様?何かやっていらしたんですか?」
う……。鋭い……。
「別に、なんでもないよ」
「そうだ、ご主人様。馬車が出る時間までまだありますか?少しほしいものができたので買いに行きたいのですけど」
馬車が出るのは昼前だから、まだまだ時間はある、か。
「うん、昼前に馬車の発着所で待ち合わせよう。場所はわかる?」
「はい!……あ、後その前にですけど……」
ファルは紙袋から赤い首輪を取り出した。
「ご主人様がぼくに首輪をつけてください!」
……忘れてくれればよかったのに。
俺は首輪を受け取ると、ゆるめに締めてやった。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。ご主人様」
裸にマント、パンツと首輪……。それに「セカンド・テイル」……。
すごい格好だよな。
はたから見ると俺の趣味なわけで……。
「絶対ちがーう!!」
「ご、ご主人様!?」
あぅ、ファルを驚かせてしまった……。
「あ、ごめん。遅れないようにね」
「はい、行ってきます、ご主人様」
少し、冷静になろう。
心を落ち着けるんだ。
大丈夫、うん。




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